V-Oneのキッチンで働く。

@1974年の秋。
さて、、めでたく(?)「V-One(ブイワン)」に勤め始めた僕なんだけど、ちなみに、当時は大学生だったんだ、一応。
ま、アルバイトってことなんだけど、学費も小遣いも稼がなければならなかったんで、本人としては必死でした。

「V-One」の従業員は、大阪、北海道などからも集まっていて、みんな「新宿に『V-One 』あり!」って、気概があったなぁ。その頃、ソウル系ディスコって言ったら、やっぱり、六本木のエンバシーであり、アフロレイキだったけど、なんか、負け ないつもりでいたもんなぁ。あの当時は、どこのディスコも、それぞれ同じ気持ちだったのかもしれないなぁ。

ディスコってものが日本中にドンドン広がっていって、これから一体どうなっていくんだろうって、毎日がエキサイティングでした。もちろん、そのドツボにいて巻き込まれていく自分にどこか不安もあったのだけど。

前に話したように、僕は自分の思惑とは違ってキッチン勤務からスタートしたんだけど、これが、かえって、良かったんですよねぇ、結果としては。(^^ゞ
こういうところに勤めたことのある人は分かると思うんだけど、ホールとキッチンだったら、どっちかつーと、キッチンの方が力関係が強いでしょ。

ホールの人がキッチンに入ってきて「オーダーお願いしまぁすっ!」とかって、いうじゃないですか。
僕が、一生懸命、オーダーをこなしてた(当時の「V-One」位の規模でも、週末は日に500人くらいは入ってたと思う。だから、キッチンへのオーダーは、半端じゃなかった・・)ものだから、先輩たちが好印象をもってくれて、すぐに仲良くなれたんですね。

それから、横田基地からアルバイトで来てた黒人DJたちが、自分の回す時間が終わると、暇つぶしにキッチンに来る。
そこで、僕は生まれてはじめて、彼らのナマの言葉に触れた。

「Hey man!」「What’s goin’ on!」で始まるリズムのある会話や、げんこつをぶつけ合って指を鳴らす彼ら独特の挨拶(握手かなぁ?)、これは「ダッチ」っていってたね。

ダッチは、げんこつを2回ぶつけ合ってから、指をならすだけの短いものから、かなり複雑で長いショータイム用のとかあってね、足まで使っちゃってね^^覚えるのも楽しかったよ。
今でこそ、Rapという形で認知されているけれど、彼らの話し方、言葉のリズムは、それだけでグルーヴを感じたです。

僕の英語は片言だったけど、少しづつ、彼らの言っていることが聞き取れるようになっていった。彼らも、僕に話すときは、簡単な単語しか使わなかったし。なんか、動詞だって「get」「have」「do」「make」とかで、すべてが表現されてるみたいな・・(^^ゞ

いずれにしても、V-Oneのキッチンで働きはじめた僕は、お客として通っていたディスコ以上の・・もっと言えば、黒いアメリカの魅力を感じ始めていたんです。